世界保健機関(WHO)はオンラインゲームなどにはまり、他のことが手に付かなくなる「ゲーム障害」を精神神経系の病気の一つに位置づけた。だが、「病気」と言われてもしっくりこないという声も聞く。どんな症状だと「患者」と判断されるのか。裏付けとなるデータはあるのか。
「僕はゲームをすることが問題とは思わない」。神戸大学医学部付属病院のネット・ゲーム依存外来を、母親に連れられて訪れた高校1年の男子は言い切った。成績が落ちていると気付いているが、「ゲームが悪いのではなく勉強の仕方の問題だ」と反論した。
診断した神戸大精神医学分野の曽良一郎教授によると、こうした患者でも2人きりでじっくり話すと「このままでは進級できそうもなく不安だ」などと本音を語りだす。1時間ほどやりとりしながら、治療の糸口を探っていく。薬物依存などに似ているという。
WHOは今年6月に公表した新しい国際疾病分類ICD―11に、「ギャンブル障害」と並ぶ形でゲーム障害を入れた。(1)ゲームをする時間や頻度を制御できない(2)ゲームが他の関心事や行動に優先する(3)問題が起きても続ける(4)個人、家庭、学業、仕事などに重大な支障が出ている――の4つが12カ月以上続く場合にゲーム障害とみなす。
2011年に国内の病院で初めてネット依存治療研究部門を設けた久里浜医療センターの樋口進院長によると、特に注目すべきなのは(2)だ。ゲームの時間確保が最優先で生活が乱れる。食事、睡眠、排せつといった生きていくうえで必要な行為すら二の次になる。単なる「ゲーム好き」ではなく、依存症で、病気ととらえるべきだという。
神戸大病院、久里浜医療センターともに予約は2カ月くらい先までいっぱいだ。患者は中高生の男子が目立つ。これらは「氷山の一角」にすぎず、受診しない人も大勢いるとみられる。曽良教授は、患者数が国内に数百万人いるとされるアルコール依存症並みに多い可能性もあるとみる。
米国のゲーム関連業界からはWHOの方針に反発が出た。米エンターテインメント・ソフトウエア協会は「ゲーム障害を定義し診断できるだけの客観的な根拠はない」と声明を出した。引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181203-00000004-nikkeisty-hlth&p=1
イベントがどうとかスタミナがどうとか、定期的に開きたくなるように作られてるみたいですね。
借金してまで課金している人も間違いないなく病気だと思います。
外に持ち出すこともできないので学校の時間には離れざるをえませんでした。
今は手軽にこっそり持ち出せるので、自分がいまの中高生だったら危なかったなと思うところはあります。
あと、CPU相手だとある程度のところで飽きるというのも良かったのでしょうね。
格闘やレースゲームで2Pになると飛躍的におもしろくなるのですが、それも兄弟や友達の都合が合わなくてはならないし、
目の前にひとりでも他者がいると泥沼にはまってしまうということはなかなかない。
それが今はオンラインで、昼夜問わずいっしょにプレーできる相手がいるのですから、
子どもの自律と自制でほどほどにするというのは極めて困難なように思います。
もはやゲーム業界の自主規制などの協力もないと解決不可能な事態ではないでしょうか。
本来は気軽に遊ぶというスタンスで制作されてるだろうに仕事中や授業中、運転中など明らかに不適切な時まで遊んでる人は程度の差はあってもゲーム依存の兆候の可能性が否定できないと思う。
パチンコが依存症で抜け出せなる人が増え、規制を厳しくし
出玉の抑制など、打ち手に有利性、射幸性を抑えた結果
劇的な効果が出ています。
小中高、現在の未成年は、幼い時より一種のギャンブルをしている
状態。でも本人にはその感覚はあまりないでしょう
WHOは、かなり前から警告を発していました。
ですが残念ながら日本企業に、現在改善する意思はなく(ガチャが売り上げが一番高い、企業の核の部分にあるため)
政府が何らかの対策を講じないと、これからまだまだこの状態が続くでしょう
まだネットが普及していない頃は攻略屋(当時は職業として存在していた)がゲームを購入し、攻略を書いていき、発売1・2週間後に攻略本が発売されていました。
少し経ってからゲーム企業が直接手がけるようになり、発売当日に攻略本がおかれるようになりました。
この二つの時期に私もゲームをプレイしていましたが、前者に比べて後者の方が1日のプレイ時間が長くなっていました。
その最たる理由がゲーム内容の雑談における情報量の差であり、その情報を持ってないと参加出来ない会話、が間違いなくありました。
今は24時間ぶっ続け・反射神経や処理速度の次元が違う人たちと一緒にプレイが普通になっています。
一般人は時間が幾らあっても足りないでしょう。
また1つのゲームも5周年とかいって長期で遊ぶのが当然で、クリアしたら終わりって状態じゃないからどこでやめたらいいか分からない。それまで課金してるから今更止めることができないって人も多いと思う。
これからの季節で言うとクリスマスプレゼントはituneカードがいいとか、お年玉のお金は全部課金とかいうのも普通にあり得るから怖い時代だと思う。
これらのシステムが無かったら、多分依存症1歩手前になってたかもしれない…今は3歩~5歩手前気分
出先にネカフェがあれば待ち合わせ時間に、WiFiと携帯機があれば移動中に、全く時間が無ければスマホで課金処理できるという心の余裕が出来たから、そこまで踏み込めずにいたのかもしれない
あと依存症には、ネット内の対人関係も絡んできていると思う
僕は件のネットゲーム内で作られているグループには入っていないのだが、一緒に始めたハトコはグループに入ってしまった事により、自分は眠くて終わらせたいのに他のメンバーが終わらせないので睡眠不足になっていた
自分が抜けると迷惑をかけてしまうという気持から終れなかったらしい
きっとゲームに依存する人は、たとえゲームがなくても他の娯楽等に依存する素因があるのだと思います。
ゲームすることで思考が養われたり、攻略を調べたりtryanderrorを繰り返して問題解決能力が培われたとも感じます。
どうかゲームを悪者にしないでほしいです。
ただ、最近世に溢れているような、課金させることが目的かのような質の低い短調作業に終始するゲームに熱中する人が多いのは憂慮すべき事態と思います。
他のことよりゲームを優先してしまうってのがあったけどそれを言うなら勉強やスポーツ、その他の趣味とかなんでも当てはまる。
好きで生活リズムを崩すって意味ならこれらにも当てはまる。
ゲームとの違いは時間を費やすことはいい事だとされている点である。
そもそもwhoは健康を害することと、それが急速に広まっているから依存性と認定したのではないのか?
それならば、1部の優秀な人以外は徹夜など生活を犠牲にしてまで勉強しないとまともな職を得られない現代社会にも問題があるのではないか?
大袈裟だと思ったらそれはもう既にこの異常な現代社会に洗脳されているのではないだろうか。
つまり、意識の問題という事だ。
勉強やスポーツは生きていく上で役に立つがゲームはそうではないという固定観念から離れられないのだ。
初代プレステが出たころにゲーム廃人という言葉が生まれた。疲労困憊してもゲームを続け、目標達成して電源を切ると燃え尽きたようになってしまう姿が廃人のようだからだ。
ただ依存というほどではなく、確かに極度の睡眠不足になることも頻繁にあったが”やり込み時期を過ぎる”と暇つぶし程度に落ち着いた。ツボにはまる新作がでない時期などは代わりの娯楽を探したものだ。
ところがオンラインやソシャゲでは様相が一変する。リアルタイムで承認欲求が満たされるようになり、ガチャのコンプが直接自己カーストを左右するからだ。上には上がおり、たとえトップを取っても血反吐の努力を”常に”していないと瞬時に抜き去られる。思うに、この辺りが依存症に直接関わるのではないだろうか?
オフラインではナンボ頑張っても狭い範囲の自慢話であり、承認欲求の満たされ方はオンラインの比ではないからだ。
店側も出す時は1台15万ぐらいは出していた。
私もその位は勝った事もあった。
しかしトータルすると大赤字である。
ギャンブルで蔵は建たない、である。
これではまずいと思い、違う趣味を探すことにした。
始めたのはゴルフ、私の行く練習場では3時間打ちっぱなしでも2千円程度、もう一つの練習場は10時から17時まで打ちっぱなしでも1、900円。
結構体力も使うし良い運動にもなる。
パチンコで使う金を考えれば雲泥の差である。
コースに出れば結構歩くし、汗もかく。新陳代謝もでき、スコアを別にすればこれ程楽しいスポーツはないと思う。
ましてや齢をとっても体が動く限り、老若男女同じ土俵で勝負できるスポーツでもある。
ゲームに夢中の皆さん、ゴルフとは言わないが、何か別に集中できる趣味を見つけてみてはいかがですか。
今はまだ叱られるとすぐに止めているが、何れそのうち親の目を盗んでのめり込むことになるやもしれない。
本当にこれは社会問題であると思うし、もっと大々的に警鐘を鳴らす必要があると思う。
子供もそうだが大人も仕事中と思われる時間にスマホゲームに一生懸命になっているサラリーマンの姿を見かける。
今や、ある年齢層以下の大半が何らかのゲームをやっているだろうし、そのうちの一定層が依存症と思われるほどゲームにのめりこんでいるのでしょう。
プロゲーマーやeスポーツなど、ゲームを使った新しいジャンルのオタク?がもてはやされたりして、もはや世も末の様相。
ゲーム自体がいけないこととは思わないが、サービスを提供する企業側にも何らかの自主規制がそろそろ必要なのではないだろうか?
ただ、酒もタバコもそうだけど
適量はむしろプラス、過剰だとマイナス。
個人の耐性、経済状況などで異なるのだから
線引が難しいと思います。
暫定的な定義&自己申告で良いのでは?
定義するなら、依存から抜け出したいと思ったときの相談口は作るべきだと思う。
でも、何らかの依存自体は悪くないし誰にも多少あるだろうに、随分と否定的な意見が多いのですね。
「依存している人は依存の事実を否定したがる」
とコメありましたが、
もしかして自分の依存は認めたくないだけ?
囲碁将棋やスポーツ、登山などいくらでも趣味はありますが、ネットゲームを選んで没入する人が増えているのであれば手軽に出来るのが原因なのでは無いでしょうかね。テニスコートを予約して道具準備したり、釣り竿買って休みの日に出かける等の事前準備や予定を立てる事もなくちょっと手が空いた時にすぐ出来てしまう。ゲームの方も毎日プレイすればご褒美が出るような作りになっていて休めない。
大げさかもしれませんが昭和の人間なので携帯端末が普及し出してから世の中大きく変わったと感じています。人間の行動や生き方が。
安静にしていなければならなかったので、運動はできません。
元気な時に読んでいた本は“重い”(読書があれほど体力がいるとは)。
病室でテレビ番組を見るとお金がかかりますし。
その点、適度に指と頭が働くコンピューターゲームは丁度よかったのです。
退院後に、コンピューターゲームを活用した事例を調べてみると、
体を動かせない人に目的や達成感を与えるものとして使われていたり、
危険な作業現場での娯楽などにも使われているそうです。
ゲームをやると悪くなる、という話をよく目にするので
ゲームのおかげで良くなった、という話も紹介させていただきました。
問題なのはソーシャルネットワーク型のゲーム。少し前までは自分が辞めるとフレンドが不利になるという仕組みが隆盛を極めた。
中毒を引き起こす仕組みは殆ど同じでプレイ可能な時間・回数、有利に進められる期間が決められてて提供される側から遊ぶ時間をコントロールされる。ログボなど毎日ログインさせる仕組みも辞める機会を失わせる。
時間の鎖を絶つには課金しかない。無料で遊ぶ人は徹底的に無料で遊べる(創成期は途中から有料になるパターンも多かった)が課金は底なしで結果的には据え置き型ゲームの方がよほど安かったと言える人も多い。
この中毒になる仕組みをどうするか考えないといけない。
さて体力が回復するまで寝るかな(´・ω・`)
親に泣きながら頼み込んで専門学校は退学、勉強し直して大学に行き直し、親のありがたさが身にしみました。今でもゲームはすることはあるけどあんな何年もかけてハマるようなことはもうないだろうなぁ。楽しい思い出だし辛くなかったけど、人生においていい経験だったかと言われると違う気もする。辛さから逃げたのではく、楽しさにハマってしまったんだろうな。
スマホは携帯電話なので何かあったら困るということで子供からは取り上げにくいし、ゲーム会社はプレイヤーの事情など知ったことではないので課金させられるだけさせようとする。携帯会社も電話のみのいわゆるガラケーよりスマホの方が収益が高いので、ガラケーからは撤退しようとしている。今のところスマホ(ゲーム)依存、課金に対する対策はない。
便利な機会なんだけど、機械を使いこなせずに機械に使われてる人が多いのかな…という印象です。
個人的にはゲームで時間潰すほど、人生は長くない…と思います。
世の中の風潮。
事実を伝えるのではなくスポンサー寄り番組やCMを流すメディアの悪影響。
ゲーム関連企業の利益の為、また発達障害同様に病気に認定されるということで、医療関係者も利益になるいう事でにゲーム依存症を増やしたい人たちがたくさんいる。
本来仕事は、多くの人たちの役に立つため…
しかし金儲けは、誰かを中毒者にし、誰かを病気に仕立て上げ、
因果応報にいずれは自分の大切な人も。。
子どもの親も流行に流されることなく、偽物の豊かさに惑わされることなく、心静かな生活時間を一日数時間でも子どもが過ごせるように、協力してほしい。ゲームの時間ではなく読書の時間など。
脱ゲーム、もしくは脱ゲームの曜日は大切だと思う。
例えば、オーサーコメントも曖昧なんだが、トイレやお風呂などでゲームをしたり、休みの日に一日中するのは別に趣味の範囲でいいと思うんだ。
これを本に置き換えると昔からしている人はいる。
ただ、約束を反故にしたり、リアルな社会生活に影響が出てくると問題で、これは病気と言ってもいいと思う。
すべてが悪ではなく、ちゃんと依存のレベルを踏まえてもらいたいかなとは思う。
成長段階でその時期でしか味わえないリアルな経験が積み重なってこそ本当の大人になるのではないのだろうか。それを与えるのが親で、社会現象であろうとなかろうとそれを判断すべきは親。限りない奥行きのある二次元の世界に子供の成長は望めないし、その世界を知っている親は子育てにそれを容認してしまうかもしれない。
結果的に依存になってしまっても、成長段階の貴重な時間は取り戻せないと思う。
こんなにハマったのはPSP版モンハン以来ですがとても日常生活に支障をきたしています。
夜遅くまでやってると朝起きれなくなるし仕事にも影響がでる。
仕事していても頭の片隅でゲームのことを考えてミスをしてしまう。
昼休みもYouTubeで動画をみたりと体が休まらない…
今は1日おきでプレイするように心掛けてます。
依存は本当に怖い
無課金や微課金で廃課金と同じ土俵で戦う以上、金が出せなければ時間でキャラを強くするしかない=長時間化してゲーム依存症という構図になる
逆に金はあるけど時間がない場合は、手っ取り早くプレイ時間短縮のための課金、それもガチャに手を出して金がいくらあっても目当てのアイテムが手に入らず、ギャンブル中毒
プレイ時間の合計ではゲーム依存症でなくても、夜中にAPが回復したころに起きてちょっとプレイしてまた寝るという構図で、熟睡できないソシャゲも問題
それぞれがゲームシステムを改良して、プレイ時間をとにかく短縮してゲーム依存症にさせない、ギャンブル依存症にさせない、APなどで睡眠時間の邪魔をさせない
全てを導入すればいいだけ。
仕事ではない以上、娯楽として本業の仕事や学業などに支障が出ない制度にするしかない。
それはやはり父親の存在ですね。
下手なことをすると容赦なく叱られるという刷り込みがあるからだと思ってます。
やはり「抑え」の存在は必要なのかなと思います。
ゲームセンターでは使うお金や時間に制約がありますから適当に席を立てますが、パソコンやスマホは際限がないから怖いですね。手を出さないようにするしかないと思います。
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